野球ファンにとって“大谷翔平”という名前はもはや一つのブランドだ。投手として、打者として、時には走者としてもフィールド全体に影響を与えるその能力は、他の追随を許さない。
大谷翔平は日本球界に現れた瞬間から「規格外の選手」と呼ばれてきた。投手として160km/hを超える速球を投げ込み、打者としては50本塁打を放つ。これまで多くの二刀流挑戦者はいたが、プロの舞台で両立させたのは大谷が初めてだ。
ここでは、その投打の通算成績を整理し、彼の偉大さを改めて振り返る。


大谷翔平の主な受賞歴とタイトル
大谷翔平は、アマチュア時代から注目を集め、日本プロ野球(NPB)とメジャーリーグ(MLB)の両方で数々の栄誉を手にしてきた。投打二刀流として前人未踏の道を切り拓き、その実績は世界中のファンを魅了している。ここでは、彼がこれまでに獲得した主なタイトルを振り返る。
メジャーリーグでの主なタイトル
- 新人王(2018年) – 鮮烈なメジャーデビューを飾り、打者・投手の両面で大活躍。
- 本塁打王(2023年・2024年) – 2023年は44本、日本人初の本塁打王の偉業を成し遂げた。2024年は、54本で2年連続リーグをまたいで達成
- 打点王(2024年) – 130打点 で初のタイトル獲得
- シーズンMVP(2021年・2023年満票・2024年満票) – アーロン・ジャッジと並び、近年のMVPを分け合う存在に。2024年はナショナル・リーグが大谷、アメリカン・リーグがジャッジと両リーグでの独占状態となった。
- シルバースラッガー賞(2021年・2023年) – リーグを代表する打者に贈られる栄誉を2度獲得。
- オールMLBチーム選出
- 2021年:ファーストチーム指名打者、セカンドチーム先発投手
- 2022年:ファーストチーム先発投手、セカンドチーム指名打者
- 2024年:ファーストチーム指名打者
- コミッショナー特別表彰(2021年) – 歴史的な功績を称えられた唯一無二の存在。
日本プロ野球での主なタイトル
- 2013年ドラフト1位 – 花巻東高校から北海道日本ハムファイターズへ入団。
- 最多勝利(2015年) – 若くして投手タイトルを獲得。
- 最優秀防御率(2015年)
- 最優秀勝率(2015年)
- ベストナイン
- 2015年:投手部門
- 2016年:投手部門・指名打者部門(史上初の“二刀流ベストナイン”)
- 月間MVP(2015年3・4月、2016年6月)
- 最優秀選手(2016年) – 投打両方で圧倒的な存在感を示した年。
大谷翔平伝説の歩み
アマチュア時代の衝撃
大谷翔平の伝説は、すでに小学生の頃から始まっていた。小学5年生で球速110キロを記録し、中学生になると全国レベルで注目を浴びる存在に。花巻東高校に進学すると、2年生で甲子園のマウンドに立ち、150キロを計測。そして高校3年時には、アマチュア史上初となる160キロを叩き出し、その名は一躍全国区となった。「高校生で160キロ」という事実は、日本野球界に大きな衝撃を与え、すでに伝説の始まりといえる瞬間だった。
日本プロ野球時代(2013〜2017)の伝説
2013年、日本ハムに入団した大谷は、高卒ルーキーながら打者・投手の両面で話題をさらった。開幕戦で史上2人目の高卒ルーキーによるマルチ安打を記録し、新人投手としては当時の史上最速157キロを計測。さらに「5番・投手」で出場するなど、既存の常識を次々と覆していった。
2014年にはパ・リーグ史上最速の160キロを記録。オールスターでは投打両方で選出され、162キロの剛速球を披露。シーズンでは二桁勝利&二桁本塁打を達成し、史上初の快挙を成し遂げた。
2015年には投手三冠(最多勝、防御率1位、勝率1位)を獲得し、名実ともにエースへ。2016年にはさらなる進化を遂げ、最速165キロをマークしながら「10勝・100安打・20本塁打」という異次元の成績を残した。さらに、史上初めて投手と野手の両方でベストナインに選ばれるなど、規則そのものを変えてしまう存在となった。
そして2017年、NPB最終戦では「4番・ピッチャー大谷翔平」として出場。日本球界での伝説に幕を下ろし、海を渡る決意を固めた。
メジャーリーグ時代(2018〜現在)の伝説
2018年、ロサンゼルス・エンゼルスでメジャーデビュー。初打席初安打、初登板初勝利を飾り、ベーブ・ルース以来の「3試合連続ホームラン」を達成するなど、鮮烈なシーズンを送った。そしてメジャー史上初の「10登板・20本塁打・10盗塁」を達成し、新人王を獲得。
2019年には日本人メジャーリーガー初のサイクルヒットを達成。2020年にはMLB史上初の「公式二刀流選手」として登録され、その存在がルールにまで影響を与えた。
2021年はまさに伝説の年。投手として9勝、防御率3.18を記録しながら、打者として46本塁打・100打点・26盗塁をマーク。MLB史上初となる投打5部門での「100」を達成し、MVPを獲得。オールスターでは「投打同時出場」という夢のような舞台を実現させた。
2022年には「大谷ルール」が誕生。さらに史上初めて規定投球回と規定打席を同時にクリアし、投打でフルシーズンを戦い抜いた。
2023年にはWBCで日本を世界一へ導き、決勝戦でトラウトを三振に仕留めた場面は世界中の野球ファンを熱狂させた。シーズンでも「10勝&40本塁打」を史上初めて達成し、アジア人初の本塁打王、さらに史上初の2度目の満票MVPを受賞した。
そして2024年、大谷の進化はさらに加速する。7月には日本人初のメジャー通算200本塁打を達成し、最終的には225本まで数字を伸ばした。8月にはメジャー史上最速の「40-40」(40本塁打&40盗塁)を記録。さらに9月には「50本塁打&50盗塁」という漫画を超える世界を現実にし、再びMLBの歴史を塗り替えた。また、日本人メジャーリーガー初のトリプルスリー打率.310、54本塁打、59盗塁といずれもキャリアハイの数字を残し、快挙を達成した。これによりDH専門での初めてのMVPも受賞した。
大谷翔平の打撃成績
日本ハム時代(2013〜2017)
大谷翔平がプロ入りしたのは2013年、わずか19歳の年だった。ルーキーイヤーは打率.238、3本塁打、20打点と目立った数字ではなかったが、投手と野手を兼任する「二刀流」の挑戦が注目を浴びた。翌2014年には打率.274、10本塁打、31打点を記録し、早くも二桁本塁打を達成。2016年には打率.322、22本塁打、67打点という堂々たる成績を残し、パ・リーグの強打者としても地位を確立した。最終年の2017年はケガの影響で65試合の出場にとどまったが、打率.332と打撃面での成熟を見せつけ、日本球界を代表するスター選手となった。
MLB挑戦と成長(2018〜2020)
2018年、大谷はロサンゼルス・エンゼルスに移籍。1年目から打率.285、22本塁打、61打点、OPS.925という新人離れした成績を残し、ア・リーグ新人王を受賞した。2019年も打率.286、18本塁打と安定感を見せたが、2020年は短縮シーズンかつケガの影響もあり、打率.190、わずか7本塁打と苦しいシーズンを過ごした。
MVP級の爆発(2021〜2023)
2021年、大谷は打者として完全に覚醒する。46本塁打、100打点、26盗塁を記録し、投手としても9勝を挙げるなど、史上類を見ない二刀流でア・リーグMVPを獲得。2022年も34本塁打、95打点を残し、MVP級の活躍を継続。2023年はさらに進化し、打率.304、44本塁打、OPS1.066と驚異的な数字を叩き出し、再びMVPを受賞した。
ドジャース移籍後(2024〜2025)
2024年、大谷はロサンゼルス・ドジャースに移籍。開幕からシーズンを通してフル稼働し、打率.310、54本塁打、130打点、OPS1.036という圧巻の成績を残し、59盗塁と走塁面でも躍動。MLB史上初の「50本塁打・50盗塁」の偉業を成し遂げた。2025年も打率.282、55本塁打、102打点と圧倒的なパフォーマンスを続けている。
通算成績
- NPB通算(5年):403試合、打率.286、48本塁打、166打点
- MLB通算(8年):1018試合、打率.282、280本塁打、669打点
- 日米通算(13年):1421試合、打率.282、328本塁打、835打点
驚くべきは 日米通算328本塁打 という数字である。まだ31歳でありながら、王貞治や松井秀喜といった歴代のホームランバッターと比較しても遜色ないペースで積み重ねており、今後500本、さらには600本に到達する可能性すらある。また、盗塁も日米通算178個を記録しており、単なる「強打者」ではなく「走攻守すべてに優れた史上稀有のプレイヤー」であることを証明している。
OPS(出塁率+長打率)に注目すると、NPBで.858、MLBで.956、通算でも.936をマークしており、これは歴代のスラッガーと肩を並べるどころか凌駕する数値である。大谷はただの二刀流ではなく、打撃成績単体でも殿堂入り級のキャリアを積み上げているのだ。
大谷翔平の投手成績
日本ハム時代(2013〜2017)
大谷翔平は日本ハムファイターズでプロデビューした2013年、わずか19歳ながら投手として13試合に登板し、3勝0敗、防御率4.23という成績を残した。翌2014年には一気に飛躍し、24試合に登板して11勝4敗、防御率2.61、179奪三振を記録。以降は日本球界を代表するエースへと成長していった。
2015年は15勝、防御率2.24、196奪三振。2016年はさらに進化し、防御率1.86、174奪三振という圧巻の数字を残し、最多勝・最優秀防御率・勝率1位を含むタイトルを総なめ。最速164km/hを計測した豪速球は、当時のNPB最速記録の一つとして知られている。2017年はケガの影響で5試合登板にとどまったが、NPB通算では42勝15敗、防御率2.52、624奪三振という堂々たる成績を残した。
MLB移籍後の挑戦(2018〜2020)
2018年、大谷はロサンゼルス・エンゼルスでメジャーデビュー。投手として10試合に登板し、4勝2敗、防御率3.31、63奪三振を記録。新人ながらメジャーの打者相手に三振を奪う姿は、投打の両面で活躍する「二刀流」の実現性を世界に示した。
2019年は右肘手術の影響で登板なし。2020年はわずか2試合の登板に終わり、防御率37.80という苦い経験もした。しかしその後の飛躍につながるリハビリ期間となった。
エースとしての地位確立(2021〜2023)
2021年、大谷は23試合に登板して9勝2敗、防御率3.18、156奪三振をマーク。打撃でMVP級の成績を残す一方で、投手としても安定感を発揮した。
2022年はさらに進化し、28試合登板で15勝9敗、防御率2.33、219奪三振という圧倒的な成績を記録。投打でフル稼働したシーズンは、野球史に残るシーズンとして世界中から称賛を集めた。
2023年も23試合登板で10勝5敗、防御率3.14、167奪三振。シーズン後半はケガで離脱したが、すでにエース級の働きを示し続けていた。
ドジャース移籍後(2024〜2025)
2024年はリハビリのため登板なし。2025年シーズンに復帰すると、14試合で1勝1敗、防御率2.87、62奪三振と健在ぶりを示した。球速も150km/hを超え、変化球とのコンビネーションで打者を翻弄する姿は健在だ。
通算成績
- NPB通算(5年):42勝15敗、防御率2.52、543イニング、624奪三振
- MLB通算(6年登板):39勝20敗、防御率3.00、528回2/3、670奪三振
- 日米通算:81勝35敗、防御率2.75、1071回2/3、1294奪三振
投手専業ではないにもかかわらず、すでに日米通算81勝・1294奪三振を記録している。これは「二刀流でなければエース級投手として100勝1500奪三振を優に超えていた」と言えるレベルの数字であり、打撃と並行してここまで残しているのは前人未到の偉業だ。
まとめ:伝説を更新し続ける大谷翔平
小学生時代から規格外だった大谷翔平は、NPBで数々の記録を打ち立て、メジャーでも前人未到の「二刀流伝説」を築き上げた。その軌跡は、ルールを変え、常識を覆し、野球の歴史そのものを書き換えている。
彼のキャリアはまだ続いており、今後も新たな伝説が生まれることは間違いない。
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